24時間TV・愛は地球を救う、ボクの想い出とボクなりのスタンス

夏休みも後半になるとこの季節なんだなと思う。今年はいつもより1週早い開催のようだが、それが大邱世界陸上開催に気を遣ってかどうかはこの際関係ない。日テレジェニック2011イベントに参加しているときやジェニックメンバーのust配信やチャットで「24時間TVの日産スタジアムブース、ジェニックメンバーが参加するので見に来てください」と言われたり、告知されるのを聞いたりするのだが、正直言って行く気は余り起きない。というか、この番組自体になにかしら気にくわない部分が私の中にはある。結局、アンチ・愛は地球を救うである。冗談半分で「おれはFNS27時間TV派だから」と苦笑混じりに答えたりもしている。

ここで、恒例となりつつあるwこ小林信彦の「テレビの黄金時代」の引用を

一九七八年六月、井原高忠は第一制作局長になった。
彼自身<局長として最後の仕事になった>のは「24時間テレビ」だった、と回想している。
今では、二、三の局がこれをやっているが、一九七八年夏の第一回「24時間テレビ」は画期的であり、テレビの威力を世間に再認識させた。
言い出したのは「11PM」の都筑忠彦ディレクター。アメリカで、毎年、ジェリー・ルイスが司会・主演している筋萎縮症の子供のための二十四時間テレソンのヒントを得たのではないだろうか。
やるとなれば、ネットワークからスポンサー筋まで、すべてを口説かなければできない。そこに大きなネックがある。さらにこの時点で司会・主演の役をつとめられるのは萩本欽一しかいない。
が、萩本にも問題があった。数年前からニッポン放送でクリスマスに「ラジソン」をやっていた。井原はニッポン放送の石田達郎社長に会い<土下座して頼んだ>が、相手は「うん」と言わない。
<しかし、「いや」とも言わなかった。いやってさえ言わなきゃやっちゃうんだよ、そうなれば>
井原流のやり方である。
当然のことだが、萩本欽一も難色を示した。それを強引に口説いて<可憐な>大竹しのぶをコンビにした。
渋谷の公園通りで、黄色のTシャツ姿の欽ちゃんと大竹しのぶが車の上で手をふり、群衆が熱狂する光景を今でも覚えている。チャリティに反感を抱くより、「24時間テレビ」という眺めが新鮮かつ強烈だったのである。
クライマックスの会場に、ピンク・レディーがヘリコプターでかけつけたのはこの時だったと思う。フィナーレで小林與三次日本テレビ社長が「来年も、必ず、やります!」と叫んだのには笑った。つまり、第1回はショウとしてうまく出来ていたのである。
それだけに、井原は<テレビのおそろしさ>を感じたという。子供たちが、ガラスのびんに入れた十円玉、百円玉をもって殺到してくるのである。十八年前に彼が「イグアノドンの卵」で予言した世界が現実になっていたのだ。
テレビの黄金時代 (文春文庫)小林信彦 pp348-349』

第一回目の放送の時、私は小学校二年生だったが、幾つかのシーンは強烈な印象が残っている。小林信彦も書いていた渋谷公園通りを経由しグランドフィナーレ会場の代々木公園に向かうチャリティ大行進の喧騒、そして、その車の中に賽銭を投げるが如く、小銭の募金が投げられているさま、グランドフィナーレ会場でギリシャ神話風聖火ランナーの格好で登場した若かりし頃のタモリ、そして、この時の総合司会は大橋巨泉で、ほとんどの出演者スタッフがそろいの黄色のTシャツを着ていたのに、ボクらの知っている幅広ネクタイにスーツ姿でいつもの横柄なトークで募金を呼びかけていたこと。考えてみれば、愛は地球を救うは「11PM」のスタッフたちが自慢したい、視聴者たちは余り好きではない硬派な部分がモチーフされていたと言うことである。初期愛は地球を救うで一番印象に残るのは午前中に放送されていた手塚治虫のオリジナル脚本長編アニメである。とくに二回目のマリンエクスプレスはいわゆる手塚キャラオールスター出演で外見だけは凄い豪華だった記憶がある。あとは、SFチックな大野雄二作曲によるテーマ音楽やBGMも印象深い。後は、午後三時台には大阪野外音楽堂で生のライブが放送されていたときもある。中村雅俊が大阪野音のライブを担当した年、ゲストで登場したのが明石家さんま紳助竜介での三人で恋人も濡れる街角島田紳助がそつなく歌った後、明石家さんまが調子っぱずれで歌うというベタなコントをやったり、今と余りにも変わらないフリートーク合戦で会場を笑いで盛り上げていた記憶もある。アンチというのはシンパ以上にその対象物に注視してみてしまうたちの悪い存在である。それは自覚している。

私が愛は地球を救うが苦手な理由、はっきり言えば、大集団による強迫的な「善きこと」に対する押しつけがましさが無自覚に行われていることである。「○○さんが一生懸命走っています<感動するでしょ>」「○○さんは震災の中一生懸命頑張っています<感動しますよね>」「○○さんはハンディキャップの身体で富士山の頂上を目指しています<感動するに決まってますよね>」この<  >の部分のあからさまな演出がここ最近とみに目立ってきている。これを自覚して少しちゃちゃをいれようと試みていたのは、例えば爆笑問題だったり、間寛平チアリーダーの格好で応援しに行った明石家さんまがいるが、結局、無自覚な善きこと集団の圧力にはなすすべもなかった。逆にその善きことをより扇情的にむき出しにすることによってある種の狂気的な凄みををアンチに感じさせたりするのがマラソンをやったときの萩本欽一であり、総合司会を長きにわたってつとめた徳光和夫である。深夜枠の時の少し垣間見せる「毒光」きゃらは良いアクセントになったりしている。集団というのはチームではない。チームとは個々のパーソナリティが紡ぎ出して新たなるパワーを発するもの。集団とは単純に量の多さのみによって押しきるものであり、個性やパーソナリティなんて不必要である。
だから、そんな集団行動をちゃかす意味で、のんべんだらりと「公共電波の無駄遣い」を自虐的にやりながらも、バラエティの底力をみせようと試みている「FNS27時間テレビ」の方にまだ心意気を感じてしまうのである。初期のタモリがメインで明石家さんま笑福亭鶴瓶とMCを務め、リアルに「今の時間がいちばんきついんだよね」というくだりをやったり、「平成教育委員会」ベースの時における北野武ビートたけしの狭間でいろいろとバカをやったり、粛々と問題を解いたりしていたり、勿論お約束のさんま'sレンジローバー壊しはくだらなさにも程があると思いながら爆笑したり、ネプチューン・ココリコ・キャイ〜ンがメインMCっぽいことをやらされたものの玉砕してしまったり。勿論ワンハンドレッドの04、11年や、一世一代の鶴瓶話の壮大なネタふりを23時間近く展開した05年、明石家さんまメインの08年んかも、それこそ「公共電波の無駄遣い」&「個人技なめんなよ!」といった感じで印象強い。
話が横道に逸れてしまったがwww
愛は地球を救うに感じるもの、それは勝谷誠彦言うところの「利権共産主義」よろしく「感動共産主義」になぞらえる感じがしてならないのである。

万が一、日テレジェニック2011のメンバーに会いに横浜へ行くとしても、こんな感じのことをアジってしまう可能性が高い。それでも良いのなら行っても良いですがww。もっとも、トランスフォーマー忍たま乱太郎に当たりに行ったり、カンフーパンダ2は大丈夫なのか?とか、七つまでは神のうちやアザー・ガイズとがちで観たい作品もあったり、映画ものとしても時間が欲しいじょうたいなので、無視することであろう。20日はファムファタールNo.1とNo.3を撮影するので忙しいしww