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ボクの「トラウマ」水着ショット by 「トラウマ映画館」(町山智浩)へのオマージュ

町山智浩トラウマ映画館が大好評で、かなり面白い内容である。で、私もトラウマ映画は何だろうなぁと思って考えてみたのだが、正直言って思い浮かばない。なんと言っても、2010年に映画館通いデビューを果たす前に見た映画は中3(1985)の時に見た「ランボー/怒りの脱出」。その前に見た映画といえば「ネバーエンディングストーリー」「砂の惑星」「コットンクラブ」「ランボー」「勝利への脱出」そして、初めて見た映画というのは何がメインだったか忘れたが幼稚園年長の頃に見た「東映まんがまつり」。これじゃトラウマどころか、映画館の思いですらない。当然TVでも映画を見ることは皆無。強いて上げるとすると中2か中3の夏休みに深夜のテレ東で放映されていた「八月の濡れた砂」がトラウマ的な体験を持ったと思える。何気なく見ていたラストで村野武範テレサ野田か藤田みどりを強姦まがいのSEXをしてしまい、石川セリの曲がバックに流れて彼等が乗っていたヨットの引き映像で終わるというものをみて、ポカーンとしてしまった記憶がある。
そうなってくると、自分にとってトラウマというカテゴライズで表現できるものは何かというと、やはり「水着もの」としての女性アイドル等の水着ショットとTV番組かなと思った。TV番組に関してはまた改めて見出しを付けるとして、ここでは私にとっての「トラウマ」的水着ショットを載せようと思う。まぁトラウマという表現だとネガティブなイメージを持たれがちだが、「衝撃を受けた」という広範的な意味を含めて、今まで見た水着グラビアやTV等での水着シーンの記憶をたどっていく。

初トラウマ「水着」はある番組での山口百恵の黒ビキニ。

たぶん、小1〜小2くらいの頃だと思う。「スタードッキリマル秘報告」でリポーター兼仕掛け人がダン池田。沖縄でのTV番組の収録で、女子更衣室にダン池田が潜入して水着に着替えた山口百恵にこっそり近づいて「うわっ!」と声をかけて驚かす。非常に古典的だが今では到底出来ないどっきりである。おそらく、女性スタッフが山口百恵についていて、ほぼ着替え終わった段階でダン池田に連絡が入りスタンバイという配慮はあったとは思う。山口百恵も絶叫はせず、弱化の驚きの表情をしながらしゃがみ込んでしまうくらいのリアクションであったし。で、私にとってのトラウマは黒の三角ビキニというインパクト、そして、山口百恵のややムッチリした女性らしいボディ&肉体、そして、水着のブラのヒモを結わえ直しているor下の食い込み気味なビキニラインを直している仕草に、何とも言えない感情を持ってしまったのである。というか、TVで見かける山口百恵の水着=黒のビキニというイメージがかなり強く残っている。紅白歌のベストテンでの後楽園プールでの収録も黒のビキニという印象がある。兎にも角にもこの衝撃はかなり強く残っている。

ちなみに、山口百恵の黒ビキニでトラウマwwになった時期だと、ピンクレディーとアグネス・ラムのビキニというのも印象に残っているが、これは、凝視するというより恥ずかしくて見られないという、これもある意味「トラウマ」的水着ショットなのかもしれない。

河合奈保子&柏原よしえ(芳恵)、80年デビュー組の2大ビキニショット

ベタですみません(笑)。でも、この2人のはち切れんばかりな胸が出てしまわないかと思うような小っちゃな三角ビキニを見たときの衝撃は大きかった。とくに、柏原「よしえ」時代の彼女のビキニは今の巨乳系水着グラビアのパイオニアと言っても過言ではない。河合奈保子は少しムッチリ度が高すぎる懸念があるのに対し、柏原よしえは意外とくびれているところはくびれている記憶が強い。オールスター水泳大会でほとんどがワンピース水着だったのに対し、河合奈保子は果敢にビキニ姿を披露していたのも印象強い。

意外と頑張っていた?小泉今日子

いわゆるジャパニーズアイドルの黄金世代・82年デビュー組だと、小泉今日子が写真集やWPBで、大胆なビキニ姿を披露していたのが中学時代の私に強烈なインパクトを与えてくれた。で、小泉今日子っていわゆる背は小さいけど胸は大きいという、ギャップ系水着グラビアアイドルの先駆けとも言えるくらい、ダイナマイトボディだったのである。そして、脇がぱっくり開いたいわゆるブラジル水着系のワンピース水着を着ていた印象もある。やはり、小泉今日子は水着グラビアでも何かをやらかしてくれた、アイドルの革命児である。

「水着もの」を決定づけたビジュアルクイーン

小泉今日子以降だと、いわゆる脱いだら(ビキニになったら)結構ナイスボディとだった岡田有希子片岡鶴太郎が「巨乳」という新語を開発させるきっかけとなったかとうれいこ(当時は「星野麗子」名義だったはず)も印象強いが、蒙古の世界に嵌ってしまおうと覚悟を決めたのがフジテレビのグラビア企画であるビジュアルクイーンである。決定づけたのは1994年の第一次黄金時代、とりわけ雛形あきこ吉野公佳の2人である。ある種巨乳系グラビアの究極系ともいえる雛形あきこの真っ当な水着姿、そして、スタイルの良さでは歴代でも随一と思っている吉野公佳の2人はインパクトが強い。いわゆる巨乳で背も160cm以上なグラビア系モデルに嵌る傾向はこれがきっかけだと思うのだがww例外はあるというのがDDといわれる由縁かと思う。後はビジュアルクイーンではいわゆる希少価値a.k.aお宝な水着姿というジャンルも開拓したと思える。結局ビジュアルクイーンを消滅させた要因を作った2002年(ラストビジュアルクイーン世代)がその究極系であり、それを踏襲したのがミスマガジンだと思う。今から思えば、香里奈沢尻エリカに握手会やフジテレビで行われたトークショー&ふれあいタイム(サイン&握手)で、色々とぶっちゃけトークをしながら交流していたのは凄いことだったんだなと、現在の活躍or騒動ぶりを見ながら思いふける。